プランがなくても未来は変わる(3) [ディベート]
「プランがなくても未来は変わる(2)」の続きです。
今回は、これに関連して補足を書きます。(今回も、AD・DA はそれぞれ advantage(利益)・disadvantage(弊害)の略を表わします。)
前回、プランがない場合について、未来の状況を考察してみました。それを見て、「DA を成立させるのが難しくなる」と感じたのではないでしょうか。そうなる理由を二つほど考えてみました。(後付なので、理由はいろいろつけられるのですが……。)
一つは、論題に依存した点です。もし、DA で出てくるような問題が現時点で何も発生してないことが明らかで、しかも、プランがなければその状態が未来も続くことが明白だとします。その場合、DA では「プランが問題を引き起こす」ということだけを示せば、上記の3点が揃います。こういう DA が作りやすい論題は、確かに存在します。
ところが、原発廃止については、決してそうではありません。DA で出てくるような問題(電力不足や産業空洞化など)が現時点でも発生していますし、状況が今後どう変化するかも流動的です。だから、普段の癖(?)で「プランがなければ問題は発生しない」と思いながら DA を作ってしまうと、実状に合っていないものが出来上がってしまうというわけです。
もう一つは、論題とは独立な点です。よくある DA の構成というと、「リンク&重要性」だったり、さらに最初に「現状分析」を読んだりするものがありますが、いずれも「プランなしの未来」という観点が抜けています。だから、よくある構成に従って DA を作ってしまうと、肯定側から「プランがなくても未来は変わる」的な反論をされたときに、それに対抗する分析が何もないという状態にもなりかねません。
参考までに、ケースの側(つまり AD を証明する側)では、内因性(inherency)や重要性の分析において「プランがないと未来はどう変わる」という話を入れるのはごく普通に行なわれています。例えば今回の論題では、「今後は地震が活発化する」(これ自体はプランの有無とは無関係の未来の話)という話と絡めて、「今後は、もっと大きな事故が発生する可能性がある」という主張が出ていました。このように、AD と DA は、歴史的経緯により、構成方法が非対称になっています。
前述の通り、現在の状況が流動的である場合、否定側は DA を成立させるのが難しくなります。そういうときには常套手段があり、それはカウンタープランを出すことで、DA で出てくる問題の発生を防ぐというものです。カウンタープランを出すことで、比較の対象が以下の2つに変わります。
(カウンタープランの要件の話は、今回の主題ではないので、ここでは省略します。)
今大会では、「新型の原発に置き換える」というカウンタープランを2回ほど見ました(一つは決勝です)。
では、カウンタープランによって、何と何とを比較しているのかが明確になったのかというと……明確になるどころか、かえって疑問が出てきました。
第一に、どの原発を対象としているのかが不明でした。既存の54基を全て置き換えるのでしょうか? それとも、これから建設する予定の原発(14基?)を「新型」で建設するのでしょうか?
既存の54基を置き換えるとしたら、いったん全部を廃炉にし、それから新しい原子炉を作るのだと思うのですが、では一体どの場所に建設するのでしょうか? 既存のを解体して更地にし、同じ場所に建設するのでしょうか?(可能なのか?) それとも、既存の原子炉は運転を停止するだけで建物は残し、新たな原子炉を同じ敷地に建設するのでしょうか?(そんなに都合よく用地があるのか?) または、既存の原発とは別の場所に建設するのでしょうか?(そんな都合よく(以下略))
一方、これから建設する原発を「新型」で建設するというものだとすると、また別の不明点が出てきます。
現在、建設予定の原発は14基あるのですが、これと何が違うのかが不明です。建設をスピードアップする秘策でもあるのか、それとも、もっと安全になるように設計を変更するのか(私のリサーチ不足のため、建設予定の14基が「新型」なのかは分かりませんでした)……。そもそも、このカウンタープランでは「旧式」の原発が残るわけなので、地震が発生したときの事故の危険性は依然として残ります。
さらに、否定側が出している他の議論との整合性も気になりました。例えば、どの試合でも否定側は「大型の火力発電は建設に5~10年くらいかかる」(だから今から建設をしても来年の電力不足には間に合わない)というカードを読んでいたのですが、では原発の建設にはどれくらいの年月を要するのでしょうか?(少なくとも、火力発電所より短いとは思えない……。)
また、発電に要するコストの話も出ていたのですが、いくら原発のコストが安いといっても、一度に何十基も建設したら、それが電力料金に跳ね返ると思うのですが……。
このように、このカウンタープランは、考えれば考えるほどあらが見えてきてしまいます。
もっとも、自分が見た試合では否定側がカウンタープランを最終的には捨てたため、勝敗を決めるにあたって上記の点で悩む場面はありませんでした。
――「プランがなくても未来は変わる」シリーズはこれでいったん終わにします。
前回・前々回は、AD も DA も以下の3点に分けて考えると良いと書きました。
- 現在の状況はどうか?
- プランがないと未来はどう変わる?(プランなしの未来)
- プランがあると未来はどう変わる?(プランありの未来)
今回は、これに関連して補足を書きます。(今回も、AD・DA はそれぞれ advantage(利益)・disadvantage(弊害)の略を表わします。)
DA が苦しくなる理由
前回、プランがない場合について、未来の状況を考察してみました。それを見て、「DA を成立させるのが難しくなる」と感じたのではないでしょうか。そうなる理由を二つほど考えてみました。(後付なので、理由はいろいろつけられるのですが……。)
一つは、論題に依存した点です。もし、DA で出てくるような問題が現時点で何も発生してないことが明らかで、しかも、プランがなければその状態が未来も続くことが明白だとします。その場合、DA では「プランが問題を引き起こす」ということだけを示せば、上記の3点が揃います。こういう DA が作りやすい論題は、確かに存在します。
ところが、原発廃止については、決してそうではありません。DA で出てくるような問題(電力不足や産業空洞化など)が現時点でも発生していますし、状況が今後どう変化するかも流動的です。だから、普段の癖(?)で「プランがなければ問題は発生しない」と思いながら DA を作ってしまうと、実状に合っていないものが出来上がってしまうというわけです。
もう一つは、論題とは独立な点です。よくある DA の構成というと、「リンク&重要性」だったり、さらに最初に「現状分析」を読んだりするものがありますが、いずれも「プランなしの未来」という観点が抜けています。だから、よくある構成に従って DA を作ってしまうと、肯定側から「プランがなくても未来は変わる」的な反論をされたときに、それに対抗する分析が何もないという状態にもなりかねません。
参考までに、ケースの側(つまり AD を証明する側)では、内因性(inherency)や重要性の分析において「プランがないと未来はどう変わる」という話を入れるのはごく普通に行なわれています。例えば今回の論題では、「今後は地震が活発化する」(これ自体はプランの有無とは無関係の未来の話)という話と絡めて、「今後は、もっと大きな事故が発生する可能性がある」という主張が出ていました。このように、AD と DA は、歴史的経緯により、構成方法が非対称になっています。
カウンタープランは出てはいたけれど……
前述の通り、現在の状況が流動的である場合、否定側は DA を成立させるのが難しくなります。そういうときには常套手段があり、それはカウンタープランを出すことで、DA で出てくる問題の発生を防ぐというものです。カウンタープランを出すことで、比較の対象が以下の2つに変わります。
- 肯定側のプランがあると、未来はどう変わる?
- カウンタープランがあると、未来はどう変わる?
(カウンタープランの要件の話は、今回の主題ではないので、ここでは省略します。)
今大会では、「新型の原発に置き換える」というカウンタープランを2回ほど見ました(一つは決勝です)。
では、カウンタープランによって、何と何とを比較しているのかが明確になったのかというと……明確になるどころか、かえって疑問が出てきました。
第一に、どの原発を対象としているのかが不明でした。既存の54基を全て置き換えるのでしょうか? それとも、これから建設する予定の原発(14基?)を「新型」で建設するのでしょうか?
既存の54基を置き換えるとしたら、いったん全部を廃炉にし、それから新しい原子炉を作るのだと思うのですが、では一体どの場所に建設するのでしょうか? 既存のを解体して更地にし、同じ場所に建設するのでしょうか?(可能なのか?) それとも、既存の原子炉は運転を停止するだけで建物は残し、新たな原子炉を同じ敷地に建設するのでしょうか?(そんなに都合よく用地があるのか?) または、既存の原発とは別の場所に建設するのでしょうか?(そんな都合よく(以下略))
一方、これから建設する原発を「新型」で建設するというものだとすると、また別の不明点が出てきます。
現在、建設予定の原発は14基あるのですが、これと何が違うのかが不明です。建設をスピードアップする秘策でもあるのか、それとも、もっと安全になるように設計を変更するのか(私のリサーチ不足のため、建設予定の14基が「新型」なのかは分かりませんでした)……。そもそも、このカウンタープランでは「旧式」の原発が残るわけなので、地震が発生したときの事故の危険性は依然として残ります。
さらに、否定側が出している他の議論との整合性も気になりました。例えば、どの試合でも否定側は「大型の火力発電は建設に5~10年くらいかかる」(だから今から建設をしても来年の電力不足には間に合わない)というカードを読んでいたのですが、では原発の建設にはどれくらいの年月を要するのでしょうか?(少なくとも、火力発電所より短いとは思えない……。)
また、発電に要するコストの話も出ていたのですが、いくら原発のコストが安いといっても、一度に何十基も建設したら、それが電力料金に跳ね返ると思うのですが……。
このように、このカウンタープランは、考えれば考えるほどあらが見えてきてしまいます。
もっとも、自分が見た試合では否定側がカウンタープランを最終的には捨てたため、勝敗を決めるにあたって上記の点で悩む場面はありませんでした。
――「プランがなくても未来は変わる」シリーズはこれでいったん終わにします。
2011-12-04 23:21
nice!(0)
コメント(0)
トラックバック(0)
コメント 0